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2016年5月22日 (日)

熊本気質と肥後もっこすの温かみ まさか、かみさんの実家が被災するなんて?

毎日が震度123、時々4

201605041909201

度重なる震度123地震で、亀裂が入った道路。

何故か、必ず震度1,2,3、度1,2,3がそろって遣ってくる。この類の地震を関東で体験したことがない。さらに震度1,2,3、は、大方すべてが縦揺れなのだから、夜寝る時間にも、容赦なくスドン!とくる。最初は、怖かったが、4日目から慣れた!人間の受容性ってすごいものだ。

熊本気質
肥後もっこす

熊本の実家にお邪魔して、瓦礫の片づけやら、ブルーシートの張り替えなど、素人作業で何の役にも立たないが、唯一鍛えた空手の片鱗が微かに体に残っており、得意の土方作業に従事する。1輪車1っパイの瓦礫や、レンガを1日何度も運んだ。まだいけるんじゃない?と思いつつ、夕方には、充分情けない親父に逆戻りした・・・まあ嘗ての極真もこんなもんよ。

ところで熊本の肥後もっこすという言葉がある。時々かみさんから聞く言葉であるのだが、なんとなく恐ろしいおっさんが出てきて、お前どないじゃあ?などど恐ろしい気炎を吐く人達の事か?と思っていたら。実際ははまるで反対。心優しき親父さんたちなのであった。
本当は、もっともっと厳しいのは分かっているが、顔に出さない。やさしい笑顔がそこにな

兎に角、長きにわたって営業&事務の仕事をしてきた我らさらりーーーマン
熊本の親父さんとは、月とすっぽん。あっと言う間にがれきは片付き、てきぱきと後片づけしてくださるわ。まあすごい!御自分の家も震災にあっているにも関わらず、率先して、ご自分以外の家の手伝いを始めている。自分の事ですら満足にできないのに、他人の方をにめをやるその感性には、かんぷくしました。きっとこれが、熊本肥後もっこすの神髄なのだろうと思った次第です。なんだかとても暖かく、肥後もっこすの意味が分かった気がして、かみさんと久しぶりに松橋を歩きました。3号線のそばの瓦礫に埋まった民家から、かすかな光が漏れていて、、それが復興の原点なのだとおもいました。

る。
ところで、熊本気質!?って言うのだろうか?兎に角皆さん、優しい!皆さん気さくで、すぐに打ち解ける。ほかの皆さんも被害にあっているだろうに、自分の心配置き去りにして、人の世話をして笑っている。こういうのがいい!何も言わなくても、さっき来たばっかりでも、話の間に隙間を作っ入れてくれる人情がいい!大きな地震があったけれど、こうしてまたみんなで一緒になって、作り上げ復興してゆくゆくのだろうなあ!とその未来を思った。

夕方、カミさんと久々に松橋をあるいた。
道路には、亀裂が入って、痛々しいが、国道3号線のそばの小さな民家の中から
薄明かりが見えていた。ささやかだが、確実に復興の焔がそこにあった。
まさかねえ!自分や親せきが、被災するなんて、考えてもいなかった。もう少し、災害に
対して、神経を尖らせなかれば、ならないとつくづく思ったしだいである。

いつ来るかわからない巨大地震に購う事は出来ないまでも、その用意は怠りなくしていなければならないと、本気でおもうのである。

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