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2013年1月25日 (金)

イスラムの懐疑 アルジェリアの悲劇を思う

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モスレムを悪の宗教だとは思わないが!?
卑怯この上ない、この惨劇の何処に大儀があるのだ?


1980年に初めて、イスラム国家の一つである、パキスタンとエジプトを訪れた、それは、ソマリアのオガデンの紛争で、多くの難民が出ている事から、エジプトで、ソマリア行きのビザを取り現地の状態を視察する為であった。当時、私はバンコックで生まれたばかりの日本ボランティアセンターの初期メンバーであり、カンボジア難民の救済の活動に従事していた。センターも徐々に活動の幅を広げ、ソマリアが次のターゲットに成っていた。大学の夏休みを利用して、バイトで貯めた僅かな金を叩いて、見知らぬ国エジプトへ、ソマリアのビザ取得の為に独り向かったのである。エジプトに着き、アラブの春で有名になったタハリルスクエアで、木賃宿に泊まり、翌日、ソマリア大使館に出向いたのだが、ビザの申請は受理されなかった。徒労に終わったのである。とは言え時間はタップリある訳で、中東戦争の傷跡の残るスエズからアレキサンドリアと、大方観光気分で、色々足を運び、そこで知り合った学生(サイード君)の家に突然、お世話に成ったりして、イスラムの片鱗を垣間見た。

遠方から来た、貧乏学生の若造に、サイード君の家の方々には、大層良くして戴いて、心のこもった母ちゃんのマメ料理の美味しかったのを覚えている。イスラムの教えの通り、富めるものは、貧者に施しをするのが当然の文化なのである。それは市場で買ったコーランのテープ。1本10ギニーが2本買うと25ギニーに跳ね上がる、その理由と同じ理屈で、2本も買える人は、施しをしなければ成らないのである。僅かな時間ではあったが、尊い他利行為が、普通に成される国だったのである。

しかし昨今のイスラム過激派の所業は、その素晴らしいイスラムの文化からは、程遠いものである。アルジェリアでの出来事は、きっと忘れえぬ出来事に成るだろう。アルジェリアの発展に寄与して、汗した方々が人質となり殺害された事でイスラムの大儀は、地に落ちた。長い長い迫害に対し、彼らの死も辞さぬ憎悪と恨みの連鎖が断ち切れる時は、来るのだろうか?・・・・・・・・・皆、同じ人間なのである。

   犠牲になった日揮の方々のご冥福を祈ると同時に、彼の地の為に懸命に
   寄与してきたその行為に、尊敬を禁じ得ないものである。安らかに・・・・。

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