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2011年10月22日 (土)

カダフィーの死の影で

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リビアのカダフィー大佐が死に
サウジでは、東部カティーフで弾圧が起きている


もう、30年も前の事であるが、まだ学生だった頃、ボランティアなる言葉が渡来して間もない時期。学生運動も下火になり、血気盛んな学生だった私は、金は出すが人は出さない富国日本と揶揄されるニュースを見て、当時悪政を敷き多くの難民を生んだカンボジアの難民救済に向けて旅立った。若気の至りとはこの事であろう。今考えれば良くぞ無事で帰って来れたものである。アルバイトで稼いだ金の殆どを注ぎ込んで、バンコックで、ヒッピーもどきの青年や青年海外協力隊のオバハン達と立ち上げた国際ボランティア組織の活動に勤しんでいた。その活動は、やがてアフリカのソマリアやパレスチナにもおよび、組織も拡大していったものである。その頃に大学の級友達とアラブ青年団なる如何わしくも、大真面目なチームを編成して学生祭で写真展示などをしてパレスチナの参上を訴えたものである。その級友の一人に、フゼイン・アル・モアレム君が居た。彼はサウジ東部のカティーフで150?年に生まれ、それは和暦で言えば昭和32年生まれで、小生と同い年。そう判明して以来、親交を深め、小生の結婚式にも出席してくれて、流暢な日本語とアラビア語交じりの微妙な祝辞を戴いたのを覚えている。

彼はサウジに帰国して、石油大学の教授に成った。その頃までは、時々国際電話で話したりもしていたが、ここ10年は全く音信不通でいるのである。今朝のニュースで、リビアのカダフィー大佐が射殺されたと報じられ、驚きはしなかったが一方で、サウジのカティーフのデモ隊が武力で鎮圧され、裁判も無しで市民が投獄されたと聞きおよび、思いは30年の時空を捲る。フゼインがよく言っていた。サウジには大多数のスンニ派市民と、少数のシーア派市民がおり、古くから少数派のシーアは差別迫害の歴史だったと。級友はサウジのシーア拠点であるカティーフ生まれで、勿論彼の実家はカティーフに在る。

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中東の民主化は、リビアの勝利を機に、その加速度を増して行くだろう。その過程で多くの犠牲者がでる事は、歴史が証明している訳で、級友と彼の家族の無事を祈らずにはおられまい。級友の連絡先も、もう定かで無いが石油大学には、まだ在籍して教鞭をとっているだろう、FACEBOOKが駄目でも大学に直接連絡すれば、消息が掴めるかもしれんな!?
兎に角、家族皆無事で居て欲しいと思うものである。

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コメント

ガチャ殿

そうだね!石油大学に問い合わせてみたいと思ってます。

投稿: ノール | 2011年10月23日 (日) 20時26分

無宿さん

全くその通りです!やるせないですねえ!カンボジアも再建当初、人材不足に陥りました。カティーフの友人は優秀なヤツですから色々手立てを尽くしているんでしょうが?

投稿: ノール | 2011年10月23日 (日) 20時25分

サウジにも確実に民主化の波。電話してみたらどうかしら

投稿: gacchaman | 2011年10月22日 (土) 16時28分

政局の煽りを受けるのは、いつも民間人ですね。本来であれば再建の礎になる優秀な人材が、民族間の勢力争いで粛清されていく。繰り返されてきたこととは言え、悲しすぎます。
ご友人の無事を祈ります。

投稿: 無宿 | 2011年10月22日 (土) 13時16分

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