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2010年2月 9日 (火)

大人の偏差値が解るブログ学園ってなんじゃ?


ブログ学園

ブログネタ: 買ってやった!!自分のために使った最高金額は?参加数

面白そうだから、ちょいとこの企画に乗ってみる事にした。さて自分の大人偏
差値は如何に?

お題は:買ってやった!!自分のために使った最高金額は? である。

今を溯る事、ん10年!?、多くの作家が篭って小説を書く場所として有名な
お茶の水の山の上ホテルの大改装工事があった。

小生は、今、最も期待を裏切って呉れる某首相が、ゼミの助手をされていた
頃、彼と同じゼミで苦手な英語の論文と格闘し、200枚の論文を勿論!日本
語でなんとか書き上げて、一気に夏休みに突入した。

あの恐ろしいゼミから一先ず解放され、その開放感から長い夏休みは自分
の為に精一杯楽しもうと、先ずは軍資金を貯めるべく、某建築会社の先輩に
頼み込んで割の良いアルバイトを斡旋して貰ったものが、前述の山の上ホテ
ルの大改装工事の作業員(土方)である。(こう言う時には形振り構わぬ)

かくして、ユンボ(ぶっ壊し機械)やネコ(一輪搬送手押し車)、コンクリートブレ
ーカー(削岩機)の騒音と埃舞う、恐ろしい環境をモノともせずに働き、1ヶ月
半で得た金が28万円!!!
夏休みは、ちょいと学校サボり期間も含めて、後2ヶ月と成ろうとしていた。

さて、論文と土方の自分への褒章として、何をすべきか?

其れなりに金は有る!
モノを買うのも良い。美味いモノを喰うのも良い!がそれらは何時か無くなって
しまうモノでは無いか!
と考えているとTVから「金は出すが人は出さない日本」と言うテロップが目に
飛び込んできた。当時、カンボジアのポルポト政権、ベトナム傀儡のヘンサムリ
ン政権で下で、大量のインドシナ難民が生まれ飢えや病や戦火で苦しむ難民
に混じって、彼らを救済すべく立ち向かうフランスの国境無き医師団の姿が映
し出されていた。

タイとカンボジアの国境地帯は、今でも地雷の巣になっているが、当時は死の3
号線と言われ、あの写真家 一之瀬泰三氏も帰らぬ人となったのは有名である。
果たして、そんな危険な場所で、たった一人で何が出来ようか?と脳裏に過ぎる
あらゆる問題を考えるより、先ずは行って見て来ようと思ってしまったのが間違
いの始まりであった。

タイバンコックに着いて、日本人会に行けば国境難民の情報が解ると、あるヒッ
ピーから聞きつけて、行って見れば同じ様な輩が4名。何故か明治大学の探検
部の連中が、そこに並んでいる。カオイダン難民キャンプで働くとか、ノンカイ難
民キャンプとか、働く場所は色々あった。

しかし、既に一定の救済が施されている所では、面白くない。彼らと結託してタ
イ南部のボーライ村近辺の未だ救済活動が行き届いて居ないエリアに行こう!

かくして若気の至りは極まれリ!

タイ日産のサイアムモータースのアタコン社長(誰が紹介して呉れたのかも覚え
ていないのだが)、を訪問して日本から送られてタイ日本人会に集まっている救
済物資を戦地に搬送する車と仕事を得た。映画で見る戦地では無く、弾に当れ
ばGOODBAY!の戦地である。
今、思えば大いなる親不幸をしたものだが、当時は得体の知れない何か?
正義感?エゴイズム??自己満足!等々が背中を押している。

ボーライ村に到着した夕方だったと思う。村から徒歩で3キロ位にクメール解放
戦線の後方支援基地があった。10名程度の兵士が駐在し、3名の兵士は手足
目が地雷で吹き飛んでしまった方々だ。どう見ても中学生位!の兵士達の沈ん
だ顔を見ていると訳も解らず目を反らしたくなる。と同時にとんでもない所に来て
しまったと後悔したのを覚えている。

そこで、1週間。マラリア蚊に気を使いながら、兵士達と過ごした。地雷で体の不
自由な少年兵士達とも、手真似やタイ語で話をした。沈み込んでいた顔が一瞬
屈託の無い少年の顔に戻るとき、何とも言えない素直な喜びを感じたものだ。
彼らとの交流は、小生がこの仕事を辞めるまで都合4回程続く事に成る。
(この話を書くと、長くなる・・・・・書けないかもなあ?)

2日が経って戦況を見ての事だろう、基地の軍曹らと、いよいよ前線基地に運ん
できた物資(手術用品やストレプトマイシン、米、古着等々)を国連のマークと
PRESENT FROM JAPANESE PEOPLEとペイントされたタイ日産のジープ
で運び出す事に成った。

ジープのフロントには、完全武装?した兵士が2名、後方には3名兵士と我々4
名が荷台に乗っかって、赤土の細い道を、ドッタンバッタンしながら走って行く。
小さな小川を越えると、カンボジア領内だ。車が止まるとシンとして、静けさが恐
ろしい。何処に隠れているか解らないベトナムの狙撃兵に注意深く進んで行くと

映画で見た、バンブートラップがあった。深い穴には、先の尖った竹が何本も空
を仰いでいる。周りには人糞や汚泥が撒かれて落ちれば緩慢な死が待っている
対人地雷も見せて貰った。ソビエト製の木製地雷は探知機に反応しない。

やっと戦地手前に到着して、大いに歓迎され積荷を下ろすと、其処には、あのフ
ランス国境無き医師団の先生方や看護婦さん達が出迎えて呉れた。こんな所に
まで、遣って来て必死の活動を続ける彼らを見て、自己満足が音を立てて崩れ
ていった。(プロの仕事は、凄まじいぜ!)

初めての任務を終えて、後方支援基地に辿り着いた時には、何もして居ないの
に、どっと疲れが遣って来た。その後、バンコックとボーライ村を数回往復して、
何だか解らぬ・・・・・でも何か圧倒的なモノを体の奥深くに刻んで、山の上ホテル
で稼いだ、自分へのご褒美は完結した様に見えた。幸福感でも、満足感でも、達
成感でも無い何か得体の知れない、惹きつけるモノを、この金で買ったのであっ
た。

そして再び、再再度・・・と続く難民救済の仕事に、関わって現地で肝炎を発病して
3ヶ月の入院生活が終わり、長き親不孝を完結し、やがて普通のサラリーマンに
なって、この仕事を辞めるまで、買い物は続いたのである。
マイペンライ!!・・・・・LET IT BE・・・・ue sera sera

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